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     AM 「センター試験の日は雪が降る」と。よく言われるが、多摩地方は8時ごろから雪が府r出した。午前中降っていたが積もらないで、やんでしまった。

     寒い一日だ。こんな日は、暖かい部屋で「本を読んで、書評を書く」ことにしている。つまり書き溜めておく。

     某所から、「講演のタイトルを考えてほしい」との電話。「戦後75周年・平和について考える・『焼けあとのおにぎり』を中心に」と伝えた。

     PM 今年もたくさん年賀状をいただいたが、5年前の「傘寿」を機に取りやめている。どうしても、返事を書かなければならない知人や、近況を知らせなければならない友人などに手紙を書いていたら。日が暮れてしまった。

     

    漆原智良 * - * 18:24 * comments(2) * - * - -

    S編集者さんと

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       寒い日が続く。

       AM 「焼けあとのおにぎり」の最終校正を行う。作品は絵物語だが、公演では、当時の現実をナマの声で伝えたいと思っている。

       PM S編集者さん来宅。「焼けあとのおにぎり」の原画コピーを持参くださる。戦争を知らない若い画家・吉田瑠美さんが「よくぞここまで描き切ってくれた」と思うほど、戦時中の様子を想像と、資料を基にリアルに描いて差し出してくださった。細かい描写と人物像を指摘。1月いっぱいに上がれば、即印刷製本し、2月21日出版される。

       ありがたいことに、早くも購入予約が入っている、

       夕方、F社から「ヘレンケラー財団から、『伝記。ヘレンケラーの作品』を提供していただけないか?との問い合わせがあった」との連絡。お役に立つならと即OK。

       

       

      漆原智良 * - * 17:42 * comments(2) * - * - -

      50年ぶり

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         AM 知人の星野真弓さんのお店(月島)から電話があった。「50年前、羽村中学校での先生の教え子さんがお店に来ている」という。O君だった、生徒会の役員として活躍した少年。今年63歳だという。50年の時空を超えて、懐かしい話に花が咲いた。いつしか、私も30代の青年?に戻っていた。

         きっと良いことがあるぞ、と思って福生病院へ行った。

         PM 12月に全身麻酔で手術、摘出した「胆のう」の、その後の経過を聞きに行った。今日で24日になる。「胆のう炎で泥がたまっていただけ」「癌の心配はない」ということで、今日で完治終了。

         帰宅したら、広介記念館や児文芸協会から「原稿が届いた」「表彰式の打ち合わせ」などのおしらせ。

         もうしばらく休養を取ってから「戦後75周年活動」に取り組みましょう。

         栃木県芳賀町からも電話があった。第二の故郷である。「焼けあとのおにぎり」(吉田瑠美・絵)ほか作品の原画展。7月を予定。「投映+平和を語る+トークショー」と盛り上げましょう。

        漆原智良 * - * 17:20 * comments(4) * - * - -

        「焼けあとのおにぎり」表紙原案

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           今年は戦後75周年。その節目の年に「戦争・戦災を風化させない活動」を行いたいと思っています。2月上梓予定の「焼けあとのおにぎり」(国土社刊)の表紙原案が届きました。

           絵は吉田瑠美さんです。2月下旬同署の出版後、すでに公演依頼を受けている各地の行政(市町村)をめぐり、「投映+お話会」を行います。

           ご支援よろしくお願いいたします。

          漆原智良 * - * 18:42 * comments(0) * - * - -

          仕事に復帰

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             おだやかな一日だった。手術後3週間、体調も落ち着いてきたので執筆開始。雑誌は早くも5月号。

             雑誌「灯台」2月号が届いた。その中の1冊。

             

            ■今月おすすめの本

             

            ★『タコのターくん うみにでる』(内田麟太郎・作/井上コトリ・絵/童心社/1000円+税)

             海に住んでいるタコのター君のところへ、ライオンの子どもから手紙が届いた。「母さんがつかれているので、いつものことをお願いします」と。ター君は承知した。カレイが「草原まで遠いよ。干物になってしまうよ」と、心配してくれた。ター君は水筒を見せ「海の水を一時間に一度、頭に濡らせば大丈夫」と、ライオンの住む草原を目指した。途中ガラガラヘビに出会った。「ガラガラ声で歌を歌わないと、ここを通さないという。すると、サボテンが現れて……。

             ター君が、ライオンのお母さんの体をもんであげたり、ゾウの赤ちゃんを助けてあげたりと、活躍する物語である。「想像は創造の源泉である」と言われるが、内田流展開には一行先が読めない、ときめき感がる。例えば、サボテンに叱られたガラガラヘビが手で頭を抱えて逃げていく。「ヘビに手があったの?」すると「おくの手がね」と答える。言葉の面白さを随所に散りばめながら、大胆奇抜でユーモアに富んだ物話は。楽しく展開されていく。タコの八本の足が巧みに生かされていることや、擬声音や擬態語が効果的に使われているのも作品の魅力だ。(小学低学年生から)

            漆原智良 * - * 18:39 * comments(4) * - * - -

            成人の日

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               おだやかな一日。成人の日で動物公園はチケット売り場は長い行列。

               暖かく風もないのでぶらりと、気晴らし、足慣らし散策。童話作家のUさん宅に雑誌をポトンしてから羽村駅へ。久方ぶり下り電車に乗って「青梅」へ。昔の懐かしい映画の看板で有名な街だ、だが今はシャッター通りになっていてどこか寂しい。

               坂を下り、清宝院へ寄って「お守り」「火災・盗難厄除け札」などを求める。

               帰路、お蕎麦で有名なT庵に入って、あんかけそばを注文した。じつに美味。そのうちにハイキングを終えた団体客が入ってきたので急いで店をとびだした。

               今日は手従後21日目、体もだいぶ落ち着いてきた。歩幅が狭くなったのか、腹帯付けたおなかをかばっているのか、万歩計は「8000歩」を超していた。

               

               

              漆原智良 * - * 16:46 * comments(2) * - * - -

              雪が無かった高畠町

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                 1月8日〜9日、山形県高畠町の浜田広介記念館へ「ひろすけ童話感想文コンクール最終審査会」行ってきました。手術後2週間でしたが、体調も順調に恢復し、また列車の混雑もなく、のんびりとした旅でした。

                 「正月に雪がないのは38年ぶり」とのこと。この時期、いつもは雪の帽子をかぶっている「広介先生像」も、今年は暖かそう。入院で5キロほどやせてしまった私のほうが、寒そうだ。気温はなんと8度。東京と同じなのでびっくり。

                 表彰式は2月29日。青おに童話の会は3月1日。ご参加お待ちしています。

                漆原智良 * - * 17:53 * comments(2) * - * - -

                あれから2週間

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                   AM 先月、手術を終えてからちょうど2週間。まだ無理はできない。のんびり静養している。

                   今日から仕事始めの出版社がが多い。K社のSさん、A社のYさんをはじめ、多くの編集者さんから、新年のご挨拶の電話が入る。

                   画家のRさんからは「全作入稿した」とのうれしいお知らせ。

                   明後日から山形出張。審査会の資料準備と確認。

                   年賀状が届いているが、まだ返事を書いていない。2〜3事情を話して、お許しいただくことにしよう。

                  漆原智良 * - * 18:04 * comments(2) * - * - -

                  さっぱりと

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                     AM 浜田広介記念館が今日から仕事始め。朝一番に電話して、「1月の審査会」の連絡を取り合った。

                     久方ぶりに理髪店に向かった。入院中の頭髪がボサボサ。これまた、朝一番に予約を入れておいた。店主に「さっぱりしたいので坊主にしようか?」と相談したら「まだ毛があるから、もったいない」という。

                     帰宅して、年賀状の整理。傘寿(80歳)で賀状はやめたが、あれから6年、まだ200通超も届く。

                     術後、全身麻酔の後遺症か腓骨をやられてしまったが、リハビリと、薬で、よたよたと歩行できるようになった。今年は「戦後75周年記念の年」だ。新作(2月刊)を抱えて、戦争を風化させないためにも「戦災孤児最後の叫び」を行わなければならないからだ。

                     あせらず進みましょう。

                     

                     

                    漆原智良 * - * 15:13 * comments(4) * - * - -

                    謹賀新年

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                        謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。

                       一身上の都合により、昨暮れ12月26日まで自宅を離れていました。

                       皆様にはご心配おかけして申し訳ありませんでした。

                       今年は「戦後75周年の年」−−−「戦争体験を風化させないために、戦災孤児最後の叫び」に力を注ぎたいと思っています。

                       お力を貸してください。

                      漆原智良 * - * 09:24 * comments(12) * - * - -
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