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鳥獣保護法

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     昨夜は、野間賞授賞式後の懇親会場で多くの仲間と再会した。ただ、受賞者の橋本治さんはご病気で欠席された。故立松和平と同年齢の70歳だ。

     選考委員の、あさのあつこさん(「バッテリ」の作者)とは「1年に1度のクリスマスの再会ね」と冷やかされた。そういえば、帝国ホテルに向かう途中の宝塚劇場通りと、広場はイルミネーションでまぶしかった。美しかった。写真撮影の客で混雑していた。

     会場では、岡信子さん、芝田勝茂さん、山花郁子さん、最上一平さん、同夫人、木村裕一さん(「あらしのよるに」の作者)ら、多くの方と語り合うことができた。

     8時に会場を後にしたので、ゴゼンサマにならずにすんだ。

     帰宅したら今日中の手直し(確認)が入っていた。急いで片づけた。

     戦後間もない頃、私は栃木県で「メジロやホオジロなどを捕まえて遊んだ」と表現したのだが、当時も「狩猟法」があって、野鳥が保護されていたのではないか、という編集者さんからの指摘だった。野鳥研究家の大島隆さんに電話したら、「戦中、戦後も法律はあった。だが、食糧不足、エネルギーの補給の面から大目に見られていた。戦後の1960年代、あまりにも捕獲が目に余るので、新しい『鳥獣保護法』ができたのだ」とのことだった。昭和21〜24年ごろ、食料は乏しかったが、おおらかな時代でもあったのだ。かすみ網でスズメをとらえていたり、メジロにさつま芋をあげていたおじさんたちの顔がうかんできた。遠い昔の話。

    漆原智良 * - * 16:23 * comments(4) * - * - -

    コメント

    その頃は、太牟田でも雀を付け焼きにしていました。私も目白を捕ったことがあります。囮を使って。ふつうでしたね。
    Comment by 内田麟太 @ 2018/12/18 6:16 PM
    >内田麟太郎さんへ
     あの頃は、人もおおらかでしたね。捕まえたメジロを手作りのかごに入れ、その上に鳥もちをぬってた枝を立てる、お相手のメジロがやってくる……そんなことを楽しむガキの一人でした。
    Comment by うるうる @ 2018/12/18 6:42 PM
    ニュースに映し出された浅草の空は、穏やかで、よく晴れた美しい空でした。漆原先生を思いました。同じ空の下、空襲があった事を
    Comment by 絵本の河 @ 2018/12/18 11:45 PM
    >絵本の河さんへ
     昭和17年から〜 東京の空は赤く染まり始めました。次作は「時忘れじの集い」「東京大空襲」の光景から始まります。

    Comment by うるうる @ 2018/12/19 10:51 AM
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