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内田麟太郎さんから

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     内田麟太郎さん(絵言葉作家)が、拙書「焼けあとおにぎり」を読んで書評を寄せてくださいました。ありがとうございました。

            ↓

      もう40年ほど昔になりますが、父が戦争で苦労した仲間と、平和への願いを込め『遺言』という雑誌を出していました。
     私はその誌名がいやでした。遺言という言葉には、それを守るべしという響きがあったからです。どんな正しいことでも「守れ」と命令することは出来ない──私はそう思っていました。おまけにとても野暮な作りでした。(若い人は読まないなあ)。いかに伝えるべきか、それが欠けていました。
     もし誌名が『おじいさんからの遺言』だったらどうだったでしょうか。

     それを思い出させてくれたのが、この絵本でした。
     戦争の悲惨さを子どもたちに伝えたい。読んでくれる子どもが目の前にいる。それがやわらい文章、わかりやすい文章を生んでいました。絵もまた少年の悲しみをよく伝えていました。いかに伝えるべきか。それがあります。
     東京(浅草)から福島へ疎開していたキヨシ(小学六年生)は、東京大空襲の噂に続き、天皇の無条件降伏を聞きます。アジア太平洋戦争は日本の降伏で終わったのです。浅草のお父さんたちは無事だろうか。

     キヨシはおばあちゃんに東京へ行かせてほしいと頼みます。祖母は反対します。子どもが一人で東京へなんか。しかしキヨシの思いは強く、おばあちゃんは着物を白米に代え、おにぎりを五つ、にぎってくれます。

     昭和二十年の日本で、白米のおにぎりがどんなだったか。その大切なひとつを「母ちゃん、たべたいよ。あれ たべたいよ」と泣きさけぶ男の子にあげます。そして東京で、飢えた子がひとつ、かっぱらって逃げていきます。一面の焼け野が原になっていた浅草で、やせ細った男の子が。同級生のイサムです。イサムはおにぎりに涙をこぼします。

     嵐の海で、一人だけしかすがることの出来ない木に(それだけの浮力)、他人が寄ってきたら、蹴飛ばして沈めても無罪だといいます。もうひとりを助ける社会が、そこにはないからです。
     敗戦。協同扶助の社会が壊れてしまった世界でした。少年は他社を蹴落とさなければ生きていけない時代を見たのです。小学六年生で。

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     私(漆原)は、一日のんびりと気の向くままに原稿を書いていました。

     K新聞社に送った原稿は一発OKで、近々(来月あたりでしょう)掲載されるようです。それで、写真も送りました。

     

     

    漆原智良 * - * 16:40 * comments(2) * - * - -

    コメント

    恐縮です。
    Comment by 内田麟太 @ 2020/03/13 5:32 PM
    >内田麟太郎さんへ
     昨日のひでさん、今日の内田さんと、連日「うるうるブログ」を輝かせていただきました。反響大きいです。おかげでほかの本まで売れたようです。感謝感謝です。
    Comment by うるうる @ 2020/03/13 6:34 PM
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